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♪lost in your eyes

10月29日(月)

ひかりが逝ったと思ったら、今度は父親が亡くなってドタバタした日々を過ごしていました。
虎は死んでも皮残す、親は死んでも金残す、という格言が有った様な無かった様な、、、、。
ドラマでは、親が死んで莫大な遺産が転がり込むなんてのを目にしたりもしますが、かわいひでとしさんの父親は立派な父親で、子孫に美田を残さず、一銭も残さずに逝ってくれました。
 日記にもちらほら書いた事が有ると思うけど、俺は親とはあまり付き合いが無くて、小さい頃に一緒に住んではいたものの、両親が離婚し、父親に引き取られ、父親が破産し、全寮制の学校に入れられ、親戚の家に預けられ、高校生の時には新聞配達店に入って独立してしまい、、、、という感じで、「あまり付き合いがない」という感じだったりするわけです。
俺の父親は、大変なお金持ちの家のお坊ちゃまで、若いときは道楽三昧で楽しく過ごし、家を破産させてからも、おっとりした性格そのままに、どん底でも結構楽しく暮らしていた人なので、まぁ、シアワセな人生だったよね、なんて感じがします。
で、俺も長いこと貧乏やってますが、小さい頃は大変なお金持ちの家のお坊ちゃまだった三つ子の魂百までもで、おっとり呑気な性格は父親と同じです。
そっかー、死んだか、まぁ、俺もあんな感じで死ぬんだろうな、なんて思ったりしました。

10月8日(月)

日米の貿易摩擦という事が有った頃からずっと、アメリカという国はなんと自分勝手な事ばかり言うのだろうと思って、どうもアメリカは好かんと思っているのですが、そういう面から見ても「またアメリカが好き勝手な事やってるよ」という腹立たしさも確かに有ります。
また、攻撃をする事が問題解決になるとは思いませんし、新たな憎しみを生むだけだとも思います。
しかし話し合いで解決出来るとも思えません。
(いや実はどうして話合って理解しあえないのか理解出来ないのでは有りますが、、、。お互いに嫌いでもいいから、お互い無視しあっていてもいいから、最低限お互いの存在だけは認めるとして、手を出す事だけはしないで別々に生きてゆく事にしましょうという様な話は出来ないんでしょうか)
さらに攻撃が憎しみを生むだけの全く無意味で無駄な行為とも思いません。
なんと言うか、やられたらやられっぱなしにしておくのは、あまり良くないと思えるからです。

丁度、歴史小説を読んでいたら登場人物のセリフにこんなのが有りました。
「武力も時には必要な悪行です。まったく力のない者に治められるほど、まだこの世は極楽でもなければ浄土でもないからの」

今の自分の考えを丁度この登場人物が言ってくれました。
今回の攻撃について、無差別ではない攻撃であれば「仕方がない」という考えを持ちます。

日本国憲法の事を考える時、自衛隊の事を考える時、いつも二つの結論が自分の中に出来るのは、「時間差」のせいだと思っています。
「まだこの世は極楽でもない」極楽を目指したいけれど、まだ極楽ではない、という時間差による二つの思いが出てくるわけです。

日本国憲法という憲法を持っている事は、とても誇りに思えます。世界中がこういう憲法を持つ様に働きかけて行きたいものだと思います。
 しかし「普通の国」論というのが有ります。
軍隊を持っていて、暴力をふるって来たらいつでもやり返すぞ、というくらいでなければ一人前の大人の国ではなく、世界ではそれが普通なのだ、という様なのが「普通の国論」ですが、これは小沢一郎さんが言っていたりしましたが、今の時点では同感なのです。だから自衛隊は軍隊ではないなどと言っていないで、国際紛争を解決する手段として武力は放棄するが、自衛の為の軍隊は保持するとはっきり書けばいいのにと思っています。

よど号のハイジャックが有った時、日本の政府はどうしたでしょう。
人命は地球より重いと言って、テロリストの要求を飲んで乗客を開放して貰ったのです。
こういう処置を取る政府を持って誇りに思う気持ちも確かに有るのですが、当時は「世界中の笑い者」などと批判もされました。
外国で同じ事が起こったら、犠牲を覚悟の上で特殊部隊を突入させた事でしょう。それを日本政府は、1人も犠牲者が出ない様にテロリストの要求を飲みました。これは美しい行為と言えると同時に馬鹿な行為とも言えます。
美しいのか馬鹿なのか、一体どっちなのでしょう。
これも時間差なのではないかと思います。極楽でも浄土でも無い今の世では馬鹿な事なのではないでしょうか。
俺は馬鹿と言われてもいい、美しくありたい、と、個人として言う事は出来ても、政府の責任者がそう言っていて良いのでしょうか。この、極楽でも浄土でも無い世界で。

人間1人1人の心の中から憎しみが無くならなければ、決して「みんな仲良く」は実現しないと思っています。
で、これは現実的に考えて殆ど絶望的な気がするくらいで、宗教か何かの領域に属する問題になって来てしまいます。それこそ極楽浄土にならなければ実現しないとも言えるのではないでしょうか。
人間の心から憎しみが無くなる訳が無く、人間という生き物はそういうものなのだと言われてもあまり反論出来ないくらいの問題です。

しかし極楽浄土を目指すのであれば、テロリストに対する憎しみも、それに反撃するアメリカに対する憎しみも、どちらのどの立場に立つ人間であっても自分の心の中に憎しみが存在していないか点検する必要が有ります。
「正当な批判」だと思っている自分の心の中に本当に憎しみが存在していないか良く点検する必要が有ります。
テロリストもアメリカもどちらも自分が正当だと思っているのです。
どこのどんな立場の誰であっても自分の心の中を点検する必要が有るのだと思います。
どこの誰でもみんな、自分が正しいと思う考えをもう少し良く点検してみて欲しいと思います。

そんな意味から、アメリカの軍事行動に反対する運動も、「アメリカとタリバンの調停案を研究する運動」か何かだったらもっとすっきり賛同出来る様な気がします。

最後にちょっと冗談めいた感想を、、。
NHKの手嶋支局長とパキスタンのムシャラフ大統領、キャラクターがむちゃくちゃ気に入ってしまった、、、、、。

9月27日(木)

 ひかりがお骨になって、なんだか一区切りついたら、随分心が落ち着いたのか落ち込んだのかわからんけど、少しは考えたり書いたり出来る様になりました。

ここのところ母から毎日の様に電話が有って、いろいろ聞かされます。
いつも一緒にいた事にすっかり慣れてしまっていて、今でもまだ居る様な気がして呼んでしまったり、隣りの家の犬の声がひかりに良く似ていて間違えたり、という毎日だそうです。離れてから何年も経つ俺でも、時々「ひかり」と呼んでしまう事が有るくらいですから、とても解ります。

今夜は半月だから今夜が山場かもしれないとか、朝6時9分が干潮で、6時10分に息を引き取ったとかいう話も聞きましたが、やっぱり生き物というのは、そういう事が有るんですね。

死ぬ数日前から、姿が見えないと呼ぶので、ゴザの上に寝かせて、部屋を移動する時は引っ張って歩いて、いつも見える所に居る様にしていたと言っていました。トイレに行くにも引っ張って行って、ドアを開けたままトイレに入ったそうです。

死んだ日の夜は同じ蚊帳の中で並んで寝て、朝、車が来て一緒に火葬場に行ってお骨を持って帰って来たのでした。

お骨を分けるかどうか聞かれたけれど、分けちゃうってのも、なんだかかわいそうなんで要らないと言いました。
位牌と一緒に飾る写真立てを買ったので、ひかりの写真を送って欲しいとの事で、引っぱり出してひかりの写真を選んでいたら、ちょっと泣けてしまいました。

俺は実は、自分の親というものをあまり良く知らないんです。
小さい時に離婚して父親に引き取られ、父親とも小学校2年までしか一緒に暮らした事が無いもので、親というのがなんなんだか良く解っていない様な所が有ります。単なる知人とさして変わらない感覚だったりします。

そんな訳で今回、少しは自分の親を身近に感じたりもしたのでした。

しかしその一方で、免許の更新用にメガネを買わなくてはならなくて、メガネ屋さんに行きました。検眼をしてくれた店員さんが、そりゃもう、超タイプで、一目惚れしてしまって、検眼して貰いながらデレデレになってしまいました。

9月26日(水)

8月に、障害者の人からメールを貰いました。
「かわいひでとしホームページ」を見てくれているんだそうで、プロレスプレイに興奮し、とてもMっ気が有るのだそうです。
是非「かわいひでとしホームページ」に出演してプロレスプレイでいたぶられたいとの事でした。
 そして、彼が俺の部屋に来てくれたのですが、思っていたより障害が重く、電話で話をしても言葉が聞き取れないで、ちょっと情けない思いをしました。
 俺は今まで生きて来て、殆ど障害者の人と係わった事が無く、こういう事に不慣れなのを感じました。
でも、彼はお腹も出ちゃってるし、どうもモデルになってもらうわけにもいかず、ちょっとお話をしました。
プロレスプレイをする相手を見つけるのは大変だろうと思ったので、お金を払ってして貰った事は有るのか聞いてみましたが、やはりお金がきつくてそういう経験は無いとの事でした。
そして彼はその晩、カプセルホテルを取って有ると言いました。


「かわいひでとしホームページ」のかわいひでとしの部屋まで行って、何もしないで1人でカプセルホテルに戻っても、なんだかちんちんが立って、目が冴えて眠れないだろうと思いました。
それで俺、彼を手錠で後ろ手に縛り上げました。
「ほらほらほら、どうなんだよ、こんな格好させられて恥ずかしくないのかよ」
だの、
「なにヨがってんだよ、変態M野郎が」
だの、(詳しいセリフは忘れたが)そんな事を言いながら彼をいたぶりました。
手錠をしたまま裸にして、彼のちんちんを弄びました。
ローターを使って変態責めをしました。
そして彼は喘ぎながら射精しました。

 こんな事をしても一晩だけの慰めにしかならないけれど、今夜だけでなく明日からも毎晩毎晩ちんちんは立つのに、この先彼がプロレスプレイをしてくれるSのアニキと出会えるのだろうかという思いが湧いて、どうしても彼を射精させなければ、気が済まなくなってしまったのです。
彼は手もあまりうまく動かせないので、オナニーするのも大変だと思いました。
それでローターを彼のバッグに入れてやりました。
そうして彼はカプセルホテルに帰って行きました。

その晩は、なんだか落ち込んで、ずうっとぼんやりしていました、、、。

8月9日の日記に書いた様に、出張ホストなどをしている人や障害者の方、もし良ければメールを下さいね。何かお手伝いが出来れば、と思っています。

 

 

9月25日(火)

 8月9月と、なんだか忙しくて、さらに体調が悪く、さらにさらにひどい風邪をひいてしまい、そしてさらに、ひかりが病気になって、毎日事務的作業しか出来ずに、ものを考えたり書いたりする事が全然出来ませんでした。
そういうわけで、すっかり日記をサボってしまいました。

ひかりの病気はかなりやばくて、お別れなのかな、と覚悟を決めていました。
今朝、6時過ぎに目が覚めて「ひかり、、、」と言ったのを覚えています。
その後、今朝6時過ぎにひかりが死にましたと電話が有りました。
死ぬ時に、ひかりが来てくれたんだなぁ、と思いました。
 生き物が死ぬ時は、だんだん弱っていったり、病気で入院したりして、回りの者にお別れを覚悟する時間を神様が与えてくれるんですね。
ひかりが死んだことで、夜空の大きな三角形の1点が無くなってしまった様な淋しい気持ちと同時に、なんだか肩の荷が降りた様な心持ちにもなりました。
25日にお通夜、26日に火葬という事になりました。

やっぱり、愛する人は、自分より先に死んで欲しいと思います。


暫く掲示板を見るのもサボっていたんですが、その間にテロ事件など、色々有って皆さん書き込みをして下さいましたね。

11日の深夜、立ち食い寿司屋で寿司を食っていたら、外国人の女性が道を尋ねに入って来ました。インターネットカフェはどこかと聞いていました。
部屋に帰ってTVを付けて、本当に驚いてしまいました。
あの女性はやはりテロのニュースを見たくてインターネットカフェを探していたんですね。

報復をしても何の解決にもならない、という声もたくさん上がっていますが、其の通りだと思います。
ただ、俺の中ではもっと色々な考えが有るのですが、今日はどうもうまく書けません。
 テロの件については、ちょっと変な部分だけ書きたい事を書いておきます。

報復に反対する運動が盛り上がりを見せているんですが、こういう運動やデモを見ていて、いつもちょっとした違和感を覚える事が有るんです。
その人達が主張している事自体には賛成出来るのに、何か違和感を感じるのです。
今回の件で言えば、ブッシュはけしからん、アメリカはけしからん、という事を言う時に、どこかに「憎しみ」を感じるからです。
今まで色々な運動やデモなどを見て来たけれど、そういうものにいつも「自分は正しいのに、それに賛同しない奴はけしからん」というような小さな憎しみを感じてしまうのです。
本人達は、憎しみではなくて正当な批判だと言うでしょうけれど、どうしてもどこかに、自分の主張に賛成しない奴はけしからん、という「小さな憎しみ」が有るのを感じてしまうのです。
違う意見の人を否定までしてしまっては、テロリストと同じという事になってしまいます。否定ではなく批判だと言うでしょうけど、どこかに「対決姿勢」を感じ、その中に「憎しみ」を感じてしまいます。
批判の為の批判、対決の為の批判にはどこかに憎しみが隠されているのだと思います。
好きじゃなくても嫌いにはならない心持ちというのは、宗教か何かの領域になるのかもしれませんが、どこにも憎しみが無い心を持てなければ「みんな仲良く」は実現出来ないんだと思います。
自分の考えは正しいと信じているとき、違う意見を持つ人に対して、本当に、心の何処にも、どんな小さなものであっても、「憎しみ」が無いかどうか点検してみなければいけないんだと思います。


先日、ハスラー・アキラさんが、ピースウォークに参加したレポートを書いて下さったんですが、その中でこんな事を書いていました。

これをもっと大きな動きにしていくためにはいくつかの課題があるなぁとも思いました。
ぼくの感じた一つの障壁は、「平和運動くささ」だなぁと僕は思いました。これは、決して「非難」ではありません。ただ、こういった「くささ」に躊躇してしまう人間が日本には沢山いることも確かで、それは現在のような緊急事態にはちょっと損かもしれないと思うのです。しかし、そんなことはぼくらがいくらでも変えていけることだとも思いました。


この、「平和運動くささ」というのは実にうまい表現だなと思ったのですが、アキラさんの言おうとした事は俺の持つ違和感と同じ様なものなのかな、なんて思いましたが、どうなんでしょうか。
まぁ、もう少し違って、「こっぱずかしさ」みたいな事を言っているのかもしれませんけどね。

と言うことで、軍事報復では何も解決しないという事には賛成だけれど、それを主張するときに、ほんの少しでも「憎しみ」がそこに有るのなら、それも何の解決にもならない主張になってしまう、という、ちょっと変な角度からの感想を書いてみました。

9月3日(月)

お盆の頃からずっと、忙しいのと体調が悪いのとで、なんだか静かにものを考える時間を持てずにいます。
小泉さんの靖国神社参拝の事、ゲイパレードの事、H2Aロケット打ち上げ、、。
8月は気になる事が色々有ったのだけれど、それについてゆっくり考える時間も持たないまま9月に入ってしまいました。

急に涼しくなりましたね。

H2Aロケット、実はとても気になっていたんです。
日本のロケットと聞くと、昔東大が打ち上げていたペンシルロケットのイメージが強いのでしょうか、「ど〜せたいしたもんじゃない」と思いきや、今では世界と肩を並べるくらいの技術になっているのだそうです。
開発に携わった人達についてのドキュメンタリーをTVで見た事も有って、
H2Aロケットの打ち上げを、固唾をのんでTVで見ていました。
最近ずっと吉村昭の幕末モノを読みふけっているせいか、江戸時代からの、この国の事が思い起こされて感慨深いものが有りました。
だいいち、場所が種子島ですもんね、、、、。

8月31日(金)

 ここ暫く、えらい忙しくて頭がパニックになってました。
朝から夜までドタバタ飛び回って仕事をしていたかと思うとパソコンの前に何時間も座って作業をする事も多くて、こういう細かい作業はほんとに苦手。2時間が限度ですねぇ、、、。気分転換しないと発狂しそうになるもので、パチンコに行ってみたり散歩したり、、、、。
 散歩のついでに寄った本屋で、吉村昭の本をまた買って来てしまった。
「アメリカ彦蔵」。
う〜む、吉村さん、おもしろいよ、これ。たまんない。
興奮してしまいました。またまた睡眠不足です。
吉村さんの幕末モノは、全部の作品が縦糸横糸と繋がっていて、何冊も読むうちに、頭の中に幕末の吉村ワールドが広がって来ます。
 いつかその史跡を尋ねて旅をしたいものです。
お滝さんお稲さん、関鉄之助、
吉村さん、長生きしてもっともっとたくさん本を書いて下さい。

8月26日(日)

ゲイパレード。

元々、女装やハードゲイの様な格好には、あまり興味が無かったので、仮装行列の様に見えるパレードにはあまり関心が無かった。
というか、あまり好きじゃなかった。
けれども、俺もゲイのなかの一角に住んでいる住人で、その人たちの為に活動してくれている人達を無視するような事も、どうも感心しない、という反省をして、好きじゃなくても嫌いになる必要は無いのであって、感謝や共感を持っても良いのではないか、、、。これが去年の俺の結論だった。
 それで今年は、自分の感謝の気持ちと、感謝や共感を持っていても勇気が出ない人たちの為に、という意味を込めて一緒に歩く事に決めていました。

いくつかのブロックに分れているパレードの中の何処で歩くか、という事を考えてみて、やはり「勇気が出なくて参加出来ない人」の分までという意味で「プレーン」というブロックを選びました。
というか、実は遅れて行った為に、他のブロックに参加しようと決めていたとしても、既に最後尾のプレーンしか参加出来なかったのだけれど。

午後2時15分、最後尾の撮影禁止ブロックがスタートした。
多分このパレードの中で、一番地味な集団だと思う。
 去年も感心したけれど、今年もスタッフの皆さんがとても頑張っていてくれました。本当にご苦労様。ありがとうございました。

しかし、パレードというのはやはり外から見たほうが面白いんですね。
中に居ると全然状況が解らなくて、知っている人に会う事も殆ど有りませんでした。途中で「取材」の腕章をしたGOAT君に会ったのみ。
今年はどんなパレードだったんだろう。外から見ていた人、教えてね(^^;

ゲイに限らず、何についても言える事だと思うけど、「みんな仲良く」を実現する為には一人一人が、好きじゃなくても嫌いにはならない心の広さ優しさを持たなくてはいけないんでしょうね、、、、。

8月18日(土)

FAXを送信しようとしていたおじさんが、このFAX故障してる!何度やっても全然送れない!と言いました。
どれどれ、え?故障してないですよ。いや故障してるよ、だっていくら送信しても、元の原稿が残ってるじゃないか! 
あのね〜、FAXって紙が飛んでいくわけじゃないんですよ〜。
という事で、相手先には同じFAXが十数通届きました。

という笑い話を笑ってられる俺では無かったのでありました。

メールソフトでエラーが出るので良く見てみたら、ハードディスクの空き容量が、0バイトになっていました。
 これは古いメールを削除せにゃならん、という事でせっせと削除したのだけれど、あまりにも膨大で「全て選択」−「削除」する事が出来ず、手作業でやりました。
俺のメールボックスには、投稿して貰った写真その他、膨大な量のエロ写真が添付ファイルとして残っているのでした。

ネットで探したら、添付ファイルだけ一括削除するソフトが有ったので、それを入れてすっきり削除する事が出来ました。
 しかし、受信済みフォルダだけではなく、送信済みフォルダにも膨大な量のファイルが有りました。

 送信したメールは向こうに飛んでいったハズだから、こちらには残っていないハズだと漫然と考えていたので有りました。
FAXのおじさんを笑っていられません。

送信済みフォルダの添付ファイルを削除したら、なんと800メガバイトもの空き容量が出来ました。
凄まじい、、、、、、、、。

8月9日(木)

 お相撲さんが結婚したというニュースを聞いて、まず思う事は、どうやってセックスするんだろうという事だったりする。
正常位でやったら奥さんが潰れちゃうもんね。ああとか、こうとか、やるんだろうなぁ、なんて考える。
病気などで手足を切断した方が結婚したと聞いても同じ様な事を考えたりする。

先日、ある障害者の方からメールを頂きました。
「かわいひでとしホームページ」をいつも見てくれているのだそうです。
でも、手が使えなくて、オナニーが出来ないのだそうです。
出張ホストでも呼びたいけど、病院だし、、、と書かれていました。
 そうだねぇ、そういう時こその出張ホストなんじゃないかと思ったりします。
セックスワーカーの人間が、たまにはそういう不自由な思いをされている方の所にボランティアに行くというのはどうだろうか、と思ったりしました。

病気や障害が有っても、或いは高齢であっても、性欲が有ればやりたいんだし、病気などの為にどうしても出来ないという時は、これはもう、ほんとにプロを呼ぶしか無いですよねぇ。
ボランティアが良いのか、普段と同じの有償が良いのか、人それぞれ考え方の微妙な違いなど有るだろうし、俺自身まだ考えが煮詰まってはいないのだけれど、
要は呼びたい人は呼ぶし、呼びたくない人は呼ばない、という事で良いのでしょう。
これを読んでいる方で、「そうそう、俺も実はそうなんだよ」という方がいらっしゃいましたら、どうぞメールして下さい。
俺は都内近郊しか行かれませんが、俺でお役に立てれば、と思います。
 セックスワーカーの方でボランティアでも有料でも、そういう事をしようと思う方もいらっしゃいましたらメールしてみて下さい。
地域がマッチする人がいれば紹介しようと思います。

 と、いうような事を考えました。
イマイチ考えが煮詰まっていないのですが、何かご意見が有りましたら是非よろしくお願いします。

8月8日(水)

 今年の8月15日は特に靖国に注目が集まっていますね。
小泉総理の「心情」論はとても共感出来るし、いつの日か本音とタテマエ、公と私が一致出来る様な世の中のシステムが出来ないものかとも思います。
法律上こうなっているから出来ないとか、実際には違うけれどもこういう形式をとらなくてはならないだとか、社会や組織というものの中では仕方が無いという事は解るけれど、もう少し実際の人間に近づいた世の中の仕組みに出来れば、と思います。

有る問題を判断するとき、法やタテマエだけでなく、そこに人間の心情がちょっと加わっただけで、その判断が違って来る事や考え方や印象が違って来る事は随分有ると思います。

靖国の問題を考えている中で、これだけ大騒ぎになっていても、実際に靖国にまつられている遺族の人達は首相に公式参拝を求める声を少し小さくしたりする気にはならないのだろうか、という事も考えました。
 というのも、もし俺の親が靖国に祭られていて、あの戦争にとても辛い思い出が有ったとしても、中国や韓国の人の言う事も解るし、政治的に圧力をかけてまで首相に参拝して頂かなくても良いですよ、死んだ人の事より国の未来の事を考えて下さいな、と思うんじゃないかと、思うのです。まぁ、これはなかなか声に出して言いにくい事だし、実際にはこんな心情的な事だけでは無くてもっと複雑な利害など有るのでしょうけれど。

そんな事を考えてる中、朝日新聞8月7日朝刊に、とても興味深い記事が出ていました。
「戦争の死者をどう悼むか」
澤地久枝、大田英雄、東条由布子、尾下大造といった方々が語っていらっしゃいました。
澤地久枝さんはミッドウェーなどの著作が有って、俺も読ませて頂きました。
それから、東条由布子さんというのは東条英機のお孫さんです。
 東条さんは、「祖父・英機がご祭神から除かれれば対外関係もスムーズに行き、総理も参拝出来るのなら、祖父もそれを良しとするのでは、と考えることもあります」とおっしゃっています。
「中国の首脳が自民党幹事長に「東条を除けば、靖国神社のことは問題にしない」と言ったとも聞きました」とも書かれています。
また、A級戦犯の遺族から自発的に合祀取り下げの働きかけの動きも有ったのだそうです。
東条英機の遺書の中には、軍隊が戦場で一部過ちを犯したと悔やみ、「敵、味方、中立国の国民罹災者の一大追悼慰霊祭を行われたし」と書かれているそうです。

 それから大田少将の長男、大田英雄さん。
大田少将というのは、沖縄戦の現地司令官だった方です。
俺の読書による戦争体験の中でも、あの悲惨な沖縄戦を通して、かなり強く印象に残っている方です。
敵が攻めて来ている最中に「戦争反対」だとか命は尊いだとか言う考えなど出てこなくても不思議は無いし、むしろ同胞の為に自分が戦うんだと言う気持ちを持つのは人間として自然な事だと思います。
そんな気持ちから、沖縄の中学生の少女達が身体に爆弾を背負って敵戦車に体当たりして行った(本で読んだ)情景が俺の中の忘れられない(読書による)戦争体験の一つとして残っています。
そして、大田少将は自決する前の電報で
沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
と結んでいるのです。
その大田少将の息子さん、大田英雄さんは、
首相の靖国参拝は疑問だと言っています。
献花でも参拝でも無く、英霊に献花しなくても平和は誓えるし、指導者が平和について話し合って欲しいと書かれています。

それから尾下大造という元陸軍軍曹は、軍人恩給の受給を拒否して来たという方だそうです。
尾下さんは、戦争の犠牲者は決して私ではない。アジアの人々だ、と書いています。
フィリピンで上官から住民の1人を殺す様に命令された時の体験を書かれています。命令だからやらないわけにはいかないのです。銃で住民の頭を撃つときに、現地の言葉で「俺は死にたくない」と叫んだその言葉を絶対に忘れる事が出来ないと書かれていました。
あと1週間で戦争が終わるという時期に、何人もの人たちが無惨に戦死して行った。その名前、顔、言葉を私は忘れない。その人たちの無念を思う。それが慰霊で有ると思っている、と書かれています。

首相も国民も外国人も行かれる、沖縄に有る「平和の礎(いしじ)」の様な形の慰霊施設を作れれば一番良いのでは無いのかな。

8月6日(月)

小泉総理の靖国参拝問題が気になっています。
それに関する新聞記事やTVをつい見てしまいます。

小泉さんが参拝すると言っていた事にはどちらかというと賛成だったのだけれど、いざ色んな文句が出てくるとやはり考えてしまいますね、、、、。
個人の心情としては解るけれど、一国の総理としてはどうか、と言われると、う〜む、、と何も言えなくなってしまうのは、やはり俺のケツが青いせいなんでしょうか。
要するに政教分離とA級戦犯の問題だけみたいなんだけど、なかなか難しいようです。
A級戦犯と一口に言っても実に色々な意見が有ります。
俺は昔、城山三郎の「落日燃ゆ」を読んだことが有るけれど、広田弘毅という総理大臣は軍人ではない民間人の首相でしたが、A級戦犯の中に入っています。「落日燃ゆ」では広田は悪くないのに裁かれてしまったという風に書かれていたのを覚えているし、東京裁判そのものについても色々な解釈が有ります。

小泉さんが、死んだ人はみんな仏様になるんだから、死んだ人を犯罪者と区別しなくても良いではないか、と言ったのを聞いて全く同感だったのだけれど、そういう事も一国の総理だと心情通りの行動は許されないんだろうか、、、。


先日、この問題をやっていた「朝まで生TV」をしっかり見てしまいました。
しかし討論というのは、だいたい対立するだけで何の合意も生まれないのですね。俺は討論を聞いていると、うん、あんたの言いたい事は解る、うん、こっちの言いたい事も解る、と、両方に賛成してしまう様な気になってしまう事が多いんです。しかし、討論している人達はいつも、合意を探る為に話しているのではなく、相手を折伏する為にだけ話しているんですね、、、、。相手を否定する為だけの討論は、悪意と敵意に満ちていて、聞いていて嫌な気分になって来ます。
TVに出演するくらいの立派な人達がどうして、もう少し大きな心持ちで話を出来ないのだろうと思ってしまいます。
討論を聞いていると「なんとかお互い仲良く出来る方法は無いものか」という姿勢がどこにも感じられないものばかりです。
 これから討論をする時は、反対意見の人を向かい合わせたり反対側に座らせたりして戦わせるのでは無くて、丸いテーブルにでもついて、総理が靖国に参拝しても文句を言われない様にするにはどうしたらよいか、総理が靖国に行かなくても済むにはどうしたらよいか、という事をみんなで考えるという話し合いでなければ、ただただ文句を言い合うだけで何の実りもない時間になってしまうと思うのです。
自分の意見を主張するだけではなかなか進歩は無いんじゃないかな、、、。

8月5日(日)

ぴ〜ガラガラひゃ〜 うぎゃ〜うぎゃ〜 
ざーざーざーサーーーーーー

って、久しぶりに聞いたよ、モデムの音。

プロバイダがトラブル続きで、せっかくのフレッツISDNも、2000bpsのモデム以下の速度になってしまう状態が続いてます。
元々増速工事が必要だったところへコードレッドというウイルスに関連するトラブルが起こって、ここ数日ネットへの接続がすっかりダメになっています。
工事完了は8月末だそうで、んも〜ホントにプロバイダに怒鳴り込みたいんっすけど、電話も繋がらない始末。


関係無いけど、室伏広治に無理矢理犯されたいっす。

8月2日(木)

いや〜、凄かった、、。
「ふぉん・しいほるとの娘」を読み終わって時計を見ると朝の7時半だった。
大河ドラマやねぇ、、。夢中で読んでしまいました。

吉村昭の本を読む様になってから、150年前の幕末というのはついこのあいだだったのだな、と思う事が多くなった。
吉村昭の本を読むと、幕末に触れる事が多い。
読んでいると、江戸時代も今も殆ど同じだと思う。
江戸時代は封建制で今は民主主義やないかいと言うかもしれないけれど、名前が違うだけで中身は殆ど同じ様な気がする。
今の政治家もあの頃の政治家も同じ様な事をしていると思う事も多い。
そういえば、今の政治家には細川元首相の様に殿様の子孫もいたりする。
どこの会社だったか忘れたけれど、将軍の子孫が重役で、その写真が新聞に出ていたのを見た事があったけれど、驚くほど徳川家康に似ていた。

自民党の野中さんなんて、ちょんまげをして裃姿をしたら実に似合いそうだなぁ。それから、柳井駐米大使。見事なほど老中にしたら似合いそうな顔をしていらっしゃる。柳井さんの先祖はどんな方だったんだろう。