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| 令和8年5月8日 現実に必要なこと 浅はかな知恵 |
| 政治の世界には大まかに言って、左派と右派とが居る。 その両極端に極左と極右が居たりする。 これらが混在しているが、「政治は公平でなければならない」という呪文が有り、 共産党だろうが革マル派だろうが、みんな同列に扱ってしまっている。 「市民団体」などという不思議な言葉で実態を隠してしまう。 共産党って何なのか知っているのだろうか、と不思議に思う。 戦争で死んだ人の人数よりも共産党が殺した人数のほうが多い、などと言われるのだ。 要するに共産党幹部に歯向かう者は虐殺されて来たのだ。 暴力革命をせずに現在の議会制民主主義の範囲の中で活動するのであれば、 思想信条の自由なのだろう。 けれど元々は暴力革命をして、民主集中制という独裁を目指す彼らは、 時々正体がバレてしまう様な事をする。 実際に日本共産党の委員長に就任した田村氏は就任の挨拶で 「民主集中制」という言葉を使っていた。 正体がバレてしまう様な事というのは、社会を破壊しようとする主張をしているからだし、 現在の法を守ろうとする姿勢にも欠けている。 選挙のたびに堂々と公選法違反をするのもそうだ。 辺野古での転覆事故が起きて、それが再確認される事になった。 結局彼らは自分達のしたい事だけに関心が有り、非常に強引にそれを進める。 犠牲になった女子高校生は美しい珊瑚が見られると思って参加していたのだそうだが、 それを、犠牲になった高校生も基地反対を願っていただろう、などと平然と言ってのける。 そして、彼女が犠牲になったのは基地が有るからだ、などと強引な話をする。 こんな人達を公平に扱って良い訳が無い。 ところが、左寄りが殆どのマスコミは殆どこれを報道していない。 「表現の自由」とか「思想信条の自由」とか言う呪文によって、 社会を破壊しようとする事まで放置されてしまっている。 恐れずに悪いものは悪いと言い、きちんと対処をしなければいけない。 共産主義を違法としている国だって有るのだ。 日本でも共産党を禁止する法律を作っても驚く様な事では無いと思う。 また、信教の自由などという呪文も有る。 個人的に内心で宗教を信仰しているのであれば何も問題は無い。 けれど、人類の歴史を見ても明らかな様に、宗教は他宗教と戦争をし、 自分達の宗教で他を侵略しようとするのだ。 であれば、そういう意図を持った宗教なら法で禁止しても不思議では無い。 豊臣秀吉はそれを見抜いてキリスト教布教を禁止した。 実に明快だと思う。 政教分離などという呪文も有る。 これは要するに、上記の様に覇権主義な宗教と政治権力が合体してしまわない様に、 という事だろう。 世界征服を狙っている訳では無い大人しい宗教であれば、特に問題は無いのではないのか。 現に、アメリカ大統領の就任式では聖書に手を置いて宣誓をしたりしている。 日本でも総理大臣に就任すると伊勢に参拝したりしている。 伊勢の神宮は日本のスタート地点なのであって、国のトップに就任したら、 日本という国を作った神様に参拝するのは自然な事だ。 政治の中に何か神道的な事が組み込まれたとしても、 日本という国なのだから当然の事ではないだろうか。 それを政教分離に反するなどというのはちょっとおかしいと思う。 天皇陛下の宗教的行事を「私的」とするのは、なんという無礼だろうか。 天皇が祈っているのは国と国民の安泰だというのに。 2000年の積み重ねを重視するのか、 それとも2000年後に僅か80年ほど生きている少数の人間が考えた事を重視するのか、 これは、長い年月で蓄積された知恵を取るのか、浅はかな知恵を取るのかの違いだ。 日本の人口が減っているのだから、外国人で穴埋めしなければならない、 という様な事を平然と言う政治家が居たりする。 この人は一体何を言っているのだろうか。 日本という国を壊したいのだろうか。 日本の2000年の積み重ねは日本には殆ど日本人しか住んでいなかった事で成り立っている。 それを前提に成り立っているのが日本の文化だ。 その日本文化を尊重してくれる外国人なら別に排除する必要は無い。 日本の文化を尊重せずに破壊する外国人ならお引き取り願うのは当然の事だ。 世界はなぜ国というもので分かれているのか。 それは文化が違うからであって、国境を無くして世界じゅうが仲良く暮らす などという非現実的な絵空事を信じてしまってはいけない。 少なくとも日本以外の国では、人間は隙あれば他人の物を盗み、 自分だけが得をしようとする愚かな動物なのだ。 世界じゅうが仲良く暮らせるほど高級な生き物では無いのだ。 だからこそ国という単位に分かれ、その国を守ろうとするのは当然だ。 世界では英語がほぼ共通語として使われている。 であれば、日本も英語を公用語にして日本語を廃止するのが合理的だ、 などと言う人が居た。 実際、戦後まもなくそうしようとした事も有ったのだ。 さらに、日本語表記をローマ字にするべきだ、などと真顔で言う学者まで居た。 それが合理的だと思ってしまうのは浅はかな知恵と言えるだろう。 文化は言語で成り立っていると言っても過言ではない。 日本人は日本語を使うのが正しい事であり、それが積み重ねて継続されて来た知恵というものだ。 さて、欧米では移民政策は失敗だったと、今頃になって気が付き始めている。 受け入れを制限したり、強制送還を強化したりしている。 そして、公共の場所でヒジャブを被るのを禁止する国も出て来ている。 さらに公然とイスラム教を批判する政治家も出てきている。 これらは結局、イスラム原理主義者たちの侵略的な意図に危機感を持ったからだ。 侵略する意図が有るのであれば、信教の自由などと言っていられない、 イスラム教を排除するのも現実的な方法なのだ。 ところが日本ではどうだろうか、 「世界のみんなで仲良くしましょう」程度の浅はかな考えだけで、 イスラムの人も尊重しましょう、土葬も認めましょう、ハラール給食もやりましょう、 などと言っている。 例えそれが「宗教」という名であっても、 侵略の意図をもって社会を破壊しようとするのであれば、 「信教の自由」などという呪文に縛られず、現実的に対応しなくてはならない。 相手に良くしてあげれば相手もこちらに感謝して仲良くなれる、などと甘い考えは改める時が来ている。 相手に良くしてあげればあげるほど、相手はつけあがり、さらに要求してくるのだ。 「人権」などという呪文も有る。 誰にでも人権は有るだろう。犯罪を犯した者でも人権は有る。 けれど、被害に遭った人よりも加害者の人権のほうが大切にされる様な事が起こったり、 特定の人の人権の為に多くの人が不利益を被る事まで正義の様に語られる。 何が何だか分からなくなっている人が多いのではないだろうか。 今、スパイ防止法が検討されているが、それに反対する議員が、 「スパイにも人権が有る」などと言っている。 スパイにも人権が有ったらどうだというのだろうか。 それがスパイ防止法に反対する理由にでもなると思っているのだろうか。 どこの国でも国家反逆罪は極刑になるものだ。 死刑を言い渡された人にも人権は有るがだからと言って、 それが理由で刑罰を取りやめる事にはならない。 これから海外旅行に行く人に飛行機事故の話をするのは配慮に欠けるかもしれない。 それは精神的にはそうと言えるだろう。 けれど、事故が起こる事を前提にして安全対策を取ったりするのは必要な事だ。 心の問題と現実の問題を、或いは理想論と現実論をごっちゃにしてはいけない。 現実を見て現実的な行動をするべきなのは当然の事だ。 日本国憲法は平和憲法だ、などと言う。 あれのどこが平和憲法なのか。むしろ侵略しやすい国にしている。 もし日米安保が無ければとっくの昔に日本は侵略されていただろう。 戦争を起こさせない唯一の現実的な方法は今のところ、抑止力を高める以外に無いのだ。 それが現実の世界だ。 だからこそ正式に軍隊を持つ必要が有る。 自衛隊を「人殺し」などと言う活動家が居る。 ちょっと頭のネジがどこか狂っているのだろうと思う。 そう言う自分だって、戦争を防ぐ方法は100%抑止力強化だけしか無い、 などとは思わない。 けれど実際には殆どそうなっているのが現実だ。 現実的に必要な事ははっきり言う、という姿勢が必要だと思う。 信教の自由とか人権とか平和とか、そういう呪文に引っかからず、 現実的な考えと発言が必要なのではないだろうか。 これは国会などであればなおさら必要な事だ。 日本も核兵器を持つかどうか、検討して話し合いをする、というのは必要な事だ。 誰だって核兵器など持ちたくはない。 相当な事態にでもならない限り使う事も出来ない壮大な無駄なのだ。 けれど攻撃を防ぐには核を持つしか無いのが現実だ。 しかしまあ、核兵器を持たないと侵略されてしまうというのだから、 本当に人間というものは下等な動物だ。 話し合う事すらしないのは大いなる怠慢でしかない。 核を持つべきかどうか、国会で堂々と議論して貰いたい。 「唯一の被爆国」などという呪文に騙されていてはいけない。 必要な事はきちんと議論するべきなのだ。 多文化共生という呪文や、脱炭素という呪文に引っ張られて 現実に必要な事が出来ないのは、国会議員などならなおさら非常に卑怯な不作為 だろうと思う。 石油が足りなければオーストラリアから石炭を買って使ったらどうなのか。 日本には非常に優れた、殆ど二酸化炭素を出さない石炭火力発電の技術が有るのだ。 そしてそもそも、地球温暖化などと言っているが、本当にCo2が原因なのか、 誰にも証明など出来ていないのだ。むしろ逆の事を言う識者も多い。 地球温暖化などと言っていた人達は今、都合が悪くなって「気候変動」と言い替えたりしている。 そもそも明確な科学的根拠が無いという事だ。 先日、ホルムズ海峡を出光丸が通過した、というニュースが有った。 これを聞くとすぐ連想するのは日章丸事件のことだ。 ところがマスコミはこれを殆ど取り上げない。 日章丸事件については、百田尚樹作、「海賊と呼ばれた男」に詳しく書かれている。 石油元売りの出光興産の創業者、出光佐三の物語だ。 小説は読んだことが有るが、まだ観ていなかったので、 ゴールデンウィークに映画を観た。 映画なので原作よりだいぶ話を端折ってはいるけれど、 戦中、戦後に頑張った人達を見ていると無性に泣けてくる。 百田尚樹さんが昭和天皇の話や、こういった戦中戦後の話をしている時に つい涙ぐんでしまう気持ちはとても良く解る。 そしてさらに、昔の創業者たちを始めとする人達の気力の高さを感じるとともに、 現在の経済界のリーダー達の能力の低さもひしひしと感じる。 色々なニュースが流れて来る。日産が中国を販売拠点にするのだそうだ。 今の日産の社長は日本人ではない。 日本らしい商売をしている会社の社長まで外国人になっていて、 日本はもっと移民を入れるべきだ、とか、日本の公用語を英語にするべきだ、 などと言っている外国人社長たち。 さらに、そういう外国人社長たちの能力が非常に高いのかというと、 そんな事は無く、業績を回復する手段は単に首を切って合理化するだけに過ぎない。 思い入れが少ないからこそ、無慈悲に合理化も出来るのだろう。 昔日産の社長だったゴーンもそんな風だった。 どうして日本の会社の社長が日本人ではないのだろうか。 映画「海賊と呼ばれた男」の中で主人公は、仕事が無い? 仕事は作るもんや、 と言っていた。 終戦直後のどん底から日本の会社を建て直した人達の物語だ。 当時、焼け野原だったからこそそういう気力が出たのだろうか。 これだけ整ってしまった今、もう日本人に気力は湧かないのだろうか。 大東亜戦争が起こった原因は石油だ。 その石油を扱っていた出光が、戦争、統制経済、占領という困難を 乗り越えた物語が「海賊と呼ばれた男」だ。 昔の創業者たちの気力はもう取り戻せないのだろうか。 そういえば、自分は昔、佐川急便で働いていた事が有るが、 創業者社長であった佐川 清さんが亡くなってから全然違う会社になってしまって、 心底がっかりした事を良く覚えている。 こうして日本の政治や経済のリーダー達の気力が低く能力も低い状態は、 もう改善される事は無いのだろうか。 昔の創業者たちは非常に現実的で、はっきりものを言い、強い気力で前に推し進めた。 昔の創業者たちは戦争を経験した人達だ。 戦争を経験したり焼け野原になったりしないと、人間は強くなれないのだろうか。 戦争でなければあとは教育しか無いのだろう。 あまりにも過保護に育てて弱くするよりも、 厳しさの有る教育をしなくてはいけないのではないだろうか。 「人権」とか「環境」などと言われて怯んでしまって何も出来ない現代のリーダー達は、 信念や気力が足りないだけでなく、言葉に騙されてしまっているだけの思考停止でも有る。 本当にそれが必要なのか、或いは反対が予想されても必要だと言い切って実行するのか、 地に足の着いた考えを持つべきなのがリーダーたちだ。 経済界のリーダー達も、国会議員などの政治家達も、 あまりにも空気を読みすぎて何もしないのは本当に大きな損失だ。 さらに空気を読んでの不作為ではなく、国益よりも利権を取る国会議員も多い。 何の為に国会議員というものが有るのか考え直したほうが良い。 そして国会の議論の仕方も変える必要が有る。 質問された大臣がどうして逆質問してはいけないのか。 追及されるのは政府だけで良いのか、野党の国会議員も常時追及されるべきではないのか。 そうするには利権とは関係無い、高い見識を持った人が国会議員になる必要が有るだろう。 いつになったら利権とは関係無い現実的な考えを実行できる様になるだろうか。 現実を見て、現実的な事を言って実行する。必要なのはこれだけだ。 ズケズケとモノを言う、と言えば日本保守党の百田代表を思い浮かべる。 百田さんは実に空気を読まずにはっきりモノを言う人だ。 5歳児などと言われたりもする。 けれどそれゆえに嫌われたり揚げ足を取られたりしても居る。 党首になり、国会議員になり、 百田さんも徐々に温厚な物言いをする様になって来ている。 少し大人しくなるのは現実的でよろしいとは思うけれど、 嫌われても損をしても、言うべき事は言う、という姿勢は貫いて欲しいと思う。 自分が日本保守党を支持する理由はその理念だが、 第一の理由はバックに利権が無いことだ。 左翼から「レイシスト」などと呼ばれている政治家はだいたいマトモな現実保守主義者だ。 レイシストとか差別主義者と呼ばれている人が居たら、 その人は信用出来るのだろうという目安になるかもしれない。 これで思い出すのは杉田水脈さんとか吉田康一郎さんなどだ。 杉田さんはアイヌ利権などに切り込んで「差別主義者」などと罵倒されている。 けれど、アイヌは北海道の先住民ではなく、ましてやロシア人でも無い。 それを先住民であるアイヌが和人に侵略されたかの様な話を広めては公金を得ている利権の問題だ。 そしてそれを利用するのがロシアで、アイヌはロシア人だと言い始めた。 これはウクライナ進攻と同様の手口だ。 ウクライナ東部に居るロシア人を保護するという名目で侵略を始めた。 北海道のアイヌ人を保護するという名目で北海道に侵攻して来ないとも限らない。 恐れる事無くきちんと言うべき事は言う政治家は貴重だ。 政治家だけでなく、経済界のリーダーなどもそうであって欲しいと思う。
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