かわいひでとし日記
令和8年2月10日      びっくりする人々      お花畑卒業
  
総選挙の結果が出た。

自分が応援していた日本保守党は衆院で議席を失ってしまったのが非常に残念だ。

けれど確実に得票は増えてはいる。

今回の場合は高市旋風というか、高市暴風雨にやられてしまったという事だろう。

日本保守党が掲げるスローガン「日本を豊かに強く」とそっくりな、

「日本列島を強く、豊かに」という高市自民党の陰に隠れてしまった様だ。

石破の様な人が総理大臣をやっている時には保守党の存在意義が光るのだが、

概ね方向性が同じな高市総理では保守党が目立たなくなってしまうという事なのだろう。

次の国会議員選挙までは3,4年かかるだろうから、地方から地道に力をつけて欲しい。

日本保守党の最大の魅力は利権や金目当てではなく、バックも居ない、

日本を豊かに強くしたいという純粋な動機の政党という事だ。


さて今回、自民党が単独で3分の2の議席を獲る圧勝をした。

ちょっと勝ち過ぎという気もするが、3分の2を獲ったからには憲法改正をして貰わなくては困る。

これでやらないという事は有り得ない事だろう。

自主憲法制定は自民党の党是だと言いながら何十年もやらないままだったのだから、

衆院で3分の2を獲ったからにはやって貰わなくては困る。

実際に高市総理も憲法改正にチャレンジする、と言っている。

チャレンジする、という言い方はちょっと消極的に聞こえるけれど、

憲法改正の条件が厳しいからだろう。

国会で決めてさらに国民投票を経なければならないのだ。

高市さんが憲法改正と発言した途端にSNSなどでは「ほらみたことか」という言説が出ている。

選挙前に高市政権が続けば戦争になる、徴兵制になる、などと言っていた人達だろう。

彼らの頭の中では日本国憲法=平和憲法であり、防衛力増強=戦争をしたがっている、であり、

スパイ防止法=特高警察であり、平和憲法を改正するのは軍国主義、なのだろう。

日本国憲法は普通に読めば自衛隊は明らかに違憲だと思う。

軍隊を持たないと言っているのだから。

けれど、軍隊を持たないわけにもいかないので苦しい解釈をして自衛隊が存在している。

これをきちんと直して、正式な軍隊を持つ必要が有る。

現在の自衛隊は正式な軍隊ではなく、行政組織でしかない。

軍隊というものは非常に特別なもので、司法も独立している。軍法会議というやつだ。

そして、ネガティブリストで拘束されている。これは「これはやってはいけない」という規制だ。

つまり、それ以外は何でもやって良いという事になる。

勿論、文民統制の元でだ。

けれど、行政組織としての自衛隊はポジティブリストであって

「これとこれはやっても良い」と決められており、それ以外は出来ないという事だ。

戦闘になれば相手は何でもアリでやってくるのにこちらでは何もできないのでは

戦う事が出来ない。

そして重要な事は、これは戦争をやりたいからそうするのではない、という事だ。

別に戦争をやりたい訳ではないのだ。戦争などしたら大変な事になるのだ。

けれど、万一侵略された場合には戦う必要が有り、その時の為のものなのだ。

もういい加減に欠陥の有る憲法を改正して、きちんとしなくてはいけない。

例え話で良く引き合いに出されるが、家に泥棒が入って来ない様に

しっかり鍵をかけたり、防犯センサーを付けたりするのと同じ事だ。

万一の為に備えるという事だし、こちらに手を出せば痛い目に遭うぞ、

というメッセージなのだ。抑止力というやつだ。


けれど、世の中には「憲法改正」と聞くとびっくりしてしまう人達が居る。

平和憲法をやめて軍国主義になる、という短絡的な発想をしてしまう。

そもそも日本国憲法のどこが平和憲法なのか。

軍隊を持たないと書いて有るからだろうが、

軍隊を持たなければ戦争を呼び込んでしまうのは世界の現実だ。


今回の選挙で喜ばしかったのは左派が大幅に議席を減らした事だ。

なんでも反対し、揚げ足取りに終始する人達がかなり減った。

これからは現実的な議論を国会でして欲しいと思う。

例えば日本が核兵器を持つかどうか、という議論もするべきだ。

これに対しても「唯一の被爆国」が核兵器を持つなどとんでもない、と思う人達が居る。

核兵器の恐ろしさを知っている被爆国だからこそ、核兵器廃絶を訴えるべきだ、

というのは解るけれど、自分達だけ核兵器を持たなくても何の効果も無い。

核兵器を廃絶する事を訴えるのであれば、まずは自分も核兵器を持った上でないと

世界では相手にされないのではないだろうか。

けれど、あんな物騒なモノ、持たなくて済むのなら持ちたくは無い。

持ったところで使えるものでもない。壮大な金の無駄でもある。

けれど、相手が持っているのであればこちらも持たなくては話も出来ないではないか。

さらに、核兵器を持つ事が戦争を防ぐ事でもあるのだ。

どうしても必要だという結論が出るのであれば持つべきだろう。


思い出して見ると自分も中学生の頃、日本国憲法は素晴らしい平和憲法で

世界に誇れるものだ、と日教組の教師に教えられて本気でそう思っていたものだった。

前文に有る「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」という前提からして間違っている。

世界はそんなに善良ではない。力による現状変更をし、条約を交わしても守らず、

公正とは全て自分の都合の事だ。

そんな物騒な世界に居るのだから自分の身は自分で守らなければならない。

「平和憲法」とか「唯一の被爆国」とか、「軍靴の音が聞こえる」とか、

短絡的なお花畑から、もういい加減に卒業したほうが良い。

これから暫くは高市内閣の仕事ぶりをじっくり拝見しようと思う。





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