かわいひでとし日記

 

 

 

 

 

 


2015.11.17             楽チンな生き方          手のひらがほんのり暖かい


昔、誰でも彼でもみんなタバコを吸っていた頃、歩きタバコも当たり前だった。

その、歩きタバコをする時の持ち方が人によって2種類に分かれていたのだ。

むかーーーしの映画なんかを観ると、かっこいい主人公はタバコを吸っていたし、

そのタバコを地面に落して靴でぐいぐいっと踏み消す動作が

かっこいいと思われ ていたりしたのだった。

歩きタバコをするときの、かっこいい持ち方は、

指で挟んだタバコを外側に出し て持つ持ち方。

 



しかし、「内タバコ」と言って、手のひら側にタバコを持つ持ち方が有った。

親指と人差し指でつまんで、手の内側にタバコを向けるのだ。

手のひらがほんのり暖かいのだった。



これは、外に出すと他人に当たったりして危ないし迷惑なので、

誰かにぶつかっ ても、火が付いた部分は自分の手に押しつけられるだけで

済むからなのだった。

人に害を与えてしまうよりも、自分に害が及ぶほうが良い、と考える考え方で、

これは「当然のこと」だと思っていたし、今でもそう思うのだ。




ウェイターのアルバイトをしていたとき、トレイの持ち方を教わったのだった。

あ、危ない!と思ったらトレイごと

自分のほうにぶつかる様に持ちなさいと教わっ た。

トレイの上のコーヒーやら水やらが、全部自分にかかる様に、

トレイが自分の胸 の前に来る様に持つのだ。



昔は人様に迷惑をかけるくらいなら、

自分が損したほうが良いと考えるのが普通 だったと思う。


それがだんだん変化してしまっている様に感じる事が有る。


しかし、こういう世の中になった今でも、

自分が損する方が合理的なのではない のだろうか。


人にコーヒーをかけて弁償するよりも、自分がちょっと熱い思いをすれば、

それ で済むのだ。



金勘定だけで生きている人にとっても、

自分が損するほうが合理的なのではない だろうか。



ズルをするよりも、正直でいたほうが、

はるかに楽に生きていられるのではない だろうか。



昔は、大人から「情けは人の為ならず」などと教わったものだった。

この、「情けは人の為ならず」という言葉、解釈が二通り有る様に思える。

まごころとして、道徳心として、人には良くしてあげましょうよ、という考え方と、

そうすれば結局は自分が得をするのだよ、という考え方。

その両方の事を言っている言葉なのだと思うのだけれど、

前をメインに考えるか、 後をメインに考えるか、人によって思う事が違う様だ。


だけど、どっちにしろ、目先の損を嫌うよりも、

相手に損をさせない様にしたほ うが、自分には良い

という事に変わりは無いのだと思う。


金銭で損してもいいから、正直に生きているほうが、

ずっと楽チンだと思うのだ けれど、、、。

 

 


 


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