かわいひでとし日記
令和8年9月23日      歌舞伎は国の宝      歌舞伎の思い出
  
歌舞伎を見た事は有るでしょうか。

見た事無い、という人は意外と多い様に思います。

つまらなそう、難しそう、と思っている人も多いかもしれません。

けれど、歌舞伎は「江戸時代のテレビ」と言われるくらいで、

実は庶民の為の商業演劇です。エンタメなのです。


自分が初めて歌舞伎を見たのは20歳くらいの時でした。

知り合いの80歳くらいの人から、「歌舞伎って面白いよ、見てごらん」

と、チケットをプレゼントして貰ったのでした。

先代の猿之助の「義経千本桜」の「通し」でした。

この演目は、初めて見る人でも退屈しないで見られると思うから、

見てごらん、と言われ劇場に行ったのでした。

「通し」というのは、最初から最後まで全部上演する、という意味です。

演劇はだいたい、序幕、一幕,ニ幕、大詰め、という様に上演されるものですが、

歌舞伎の場合、最初から最後まで通して上演するのではなく、

その中の一幕だけを上演する事が多い。

それは、観客が芝居の内容を既に知っているからでもあるし、

一幕だけであっても話は成り立つので、そして、何よりも、

歌舞伎はストーリーを追って見るというよりは、役者の演技を見るものだからです。

クラッシック音楽のコンサートと同じ事です。

既に何百回も聞いた事が有る曲を聴きに行く訳で、

その指揮者がどんな表現をするのか聞く訳で、歌舞伎もそれと同じ事です。

「義経千本桜」の中の「川連法眼館の場(かわつらほうげんやかたのば)」には

「けれん」という、トリックの演出がふんだんに盛り込まれています。

人物が突然現れたり、早変わりをしたり、空を飛んだり、、、。

そんな訳で、初めてだった自分もとても面白く見る事が出来ました。


その後、自分で小さな会社を作ってそれなりに収入も良かった頃、

毎月、それも1か月に2,3回は歌舞伎を見に行く様になりました。

せっかく歌舞伎座に行くのだから、なるべく良い席で見たい、

せっかく歌舞伎座に行くのだから、お弁当もそれなりのものにしたい、

という事で、一回観に行くとあの当時で、二人で5万円以上かかりました。

チケット代が2万円くらい、お弁当が5千円、筋書き(プログラム)が千円、

お茶やお菓子、おみやげなどで1人25000~30000円でした。

歌舞伎はだいたい、昼の部と夜の部が有り、それぞれ5時間以上かかります。

江戸時代は朝から夕方までずっとやっていたので、それを引き継いでいます。

なので、劇場内でお弁当を食べたりするスタイルになっています。

まず一幕見て、その後お弁当の時間になり、その後二幕目を見て、お茶を飲んで、

そして三幕目を見る、という感じです。

歌舞伎座などには、学生でも安く見られる様に、

という事で「一幕見席」という安い席も有るのですが、

舞台が非常に遠くあまりお勧めできません。


歌舞伎は江戸時代のテレビだと言われていますが、

それは庶民向けのエンタメだからです。

歌舞伎には「世話物(せわもの)」「時代物」「松羽目物」「踊り」

というジャンルが有ります。

世話物というのは現代劇です、と言っても江戸時代の現代劇です。

時代物は時代劇、鎌倉時代などの話です。

松羽目物というのは能を庶民向けに移植したものです。

現代のテレビと同じで、何か話題になる様な事が有るとすぐにそれを取り入れて上演されました。

例えば、江戸の町で大火が有った時のニュースを脚色して芝居にしたりしました。

江戸で大火が有り、町が焼けてしまったので、一時避難場所として、巣鴨のお寺が当てられました。

八百屋の娘のお七もその寺へ避難するのですが、そこに居るイケメンのお坊さんに恋をしてしまいます。

避難が解けて帰宅してからもお坊さんの事を忘れられず、

また火事になればあのお坊さんに会える、と思いつめ、放火をしてしまった、

という事件が有ったのだそうです。

さっそくそれを流行作家が芝居に書いて上演する、という事になる訳です。

この八百屋のお七の芝居は非常にたくさんのパターンが書かれました。

詐欺や盗みを働くお七という娘とイケメンの男が追っ手に追われて逃げようとする。

けれど、木戸が締まっていて逃げられない。

当時、江戸の町は夜10時になると防犯の為に辻々に有る木戸が閉められたのだそうです。

ただし、火事の時や急病人が出た時には門番が木戸を開ける。

お七は相棒の男を逃がすために、櫓に登って太鼓を叩きます。

この櫓の上に有る太鼓は火事を知らせる為のもので、

火事ではないのに叩くと非常に重く罰せられます。

雪が降り積もって一面真っ白になった江戸の町で、

赤い着物を着たお七が意を決して櫓に登って太鼓を叩きます。

なんという美しい演出でしょうか、本当にトリハダが立ちます。

江戸時代のエンタメってすげぇなあ、と感心せずには居られません。

坂東玉三郎(大和屋)さんがやった櫓のお七は忘れられません。

歌舞伎役者には屋号というものが有ります。

店などの商売には店名、屋号というものが有るのと同じで、

役者という商売をする、その家の屋号というものが有ります。

音羽屋、成田屋、中村屋、など、たくさん有ります。


また、こんなのも有ります。

「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)」という芝居の中の一幕「奥庭狐火」。

武田信玄の息子、武田勝頼のフィアンセ、八重垣姫が主人公です。

武田勝頼が戦に出るが、その後で敵が待ち伏せをしているという知らせが入る。

八重垣姫は、勝頼にその事を知らせなくてはと思うけれど、

諏訪湖は氷結して船を出す事も出来ない。

ああ、どうしよう、翼が欲しい、飛んでゆきたい、、と思っている所に狐が現れます。

そして、狐の妖力で八重垣姫は氷の上を歩いて渡ってゆきます。

この演出がまた素晴らしい。

江戸時代、歌舞伎よりももっと人気が有った人形浄瑠璃を取り入れた演出です。

芝居の途中で、これより人形ぶりでご覧に入れますと口上が入り、

八重垣姫が早変わりをし、人形になって演じるのです。

江戸時代のロボットダンスの様な感じです。

狐と一緒に舞い、空中に浮かびます。これが本当に美しい。

この芝居を始めて見たのは、平成中村座で中村福助(成駒屋)さんが演じた時でした。

本当に美しく、興奮し過ぎて帰宅してからも夜眠れなくなってしまったのを覚えています。

歌舞伎には花道という装置が有りますが、これは世紀の大発明ではないでしょうか。

客席の中を真っすぐ通る細い舞台です。ここを通って舞台に入ったり、

ここを通って去って行ったり、観客のすぐ目の前を役者が通るのですから、

本当に興奮します。

また、江戸時代から既に色々な演出方法が出来上がっていました。

すっぽん、せり舞台、地下から舞台上に上がって来るもの、

回り舞台、そして役者が空を飛ぶための宙乗り、などなど、

江戸時代の演劇界の本気度が衝撃を持って伝わってきます。


ずっと歌舞伎を見続けて強く思った事が有りました。

歌舞伎は「様式美」などと言われますが、

現代の演劇の様にリアルな演技をするのではなく、

カタチで表わしたりする非常に様式的な、抽象的な演技をします。

その「抽象」が見る者の目を通して脳内で非常にリアルに再現されるのです。

結局、「抽象」を理解できる知性が江戸時代の人達には備わっていた、

という事だと思います。

見るものに想像させる力が歌舞伎には有るのです。

現代の映画で良く使われる手法の多くは江戸時代に歌舞伎で既に使われていました。

例えばクローズアップ、これは見栄を切る時、

その顔に集中させる事によって観客の頭の中でクローズアップが起こります。

例えば、暗闇を表現する為に役者がスローモーションで動く「だんまり」

という手法も有ります。実際に舞台を真っ暗にしたら何も見えない訳で、

ここが暗闇で有る事を動きで表現する訳です。

さらに、例えば雪がしんしんと振るのを太鼓で表現する「雪音」なんていうものまで有ります。

雪が降るのに音なんてしませんが、それを太鼓で表現しています。

こういうものはみんな、見る観客の脳内でリアルに変換されるのです。

なんという高度な芸術でしょうか。

本当に江戸時代の人達を尊敬せずには居られません。


という訳で、日本に居るのなら一度くらいは歌舞伎を見たほうが良いと思います。

歌舞伎は本当に国の宝です。


最後にちょっとしたエピソードを。

戦前、あるアメリカ人がインドへ行こうと船に乗り、横浜に一時寄港しました。

そのアメリカ人、フォービアン・バワーズさんは横浜で上陸し、東京を見物したのでした。

そして、お寺かと思って入った所が歌舞伎座でした。

中に入って芝居を見て見ると、その美しさに感動し、そのまま東京に居ついてしまいます。

毎日の様に歌舞伎座に通い、すっかり芝居通になってしまいます。

そして戦争が有り、終戦を迎えます。

バワーズさんはマッカーサーの副官として東京にやって来ます。

GHQは様々な制限を日本に課します。

歌舞伎もその対象でした。

かたき討ちをテーマにした忠臣蔵などは当然上演禁止となり、

踊り以外の殆ど全てが上演禁止になってしまいます。

バワーズさんは、自ら志願して、検閲官になります、

副官よりランクが下で給料も下がってしまいますが、それでも

歌舞伎を救おうと検閲官になります。

そして、徐々に芝居を解禁してゆきます。

そして、最後に解禁したのが「忠臣蔵」でした。

その時バワーズさんは松竹に対して、要求をします。

自分が決めた配役で上演するなら許可する、と。

その配役は非常に的確で豪華なものでした。

けれど、それだけ豪華な配役をしてしまうと大阪などで歌舞伎をやれなくなってしまう、

と松竹は抵抗するのですが通らず、

世紀の豪華配役の忠臣蔵が歌舞伎座で上演される事になったのだそうです。

歌舞伎座にはチケットを求める人が長蛇の列を作り大盛況になったそうです。

フォービアン・バワーズさんは歌舞伎を救ったアメリカ人、として語り継がれています。




櫓のお七 AIで作った画像なので、ちょっと違うけど、まあこんな感じ

国宝      2025年 日本

日本のエンタメの底力      歌舞伎、松竹、東宝

仏壇の小引き出しの中に

お辰さん、女の心意気

江戸時代の人のセンスが良すぎる件

歌舞伎の演目

伝える順番



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