シリヤ砂漠の少年   

                 井上 靖


 

 

 



 シリヤ砂漠のなかで羚羊の群と一緒に生活していた

 

 

裸体の少年が発見されたと新聞は報じ、その写真を掲げていた。

 

 

蓬髪の横顔はなぜか冷たく、時速50マイルを走るといふ

 

 

美しい双脚を持つ姿態はふしぎに悲しかった。

 

 


知るべきでないものを知り、見るべきでないものを見たやうな、

 

 

その時の私の戸惑いはどこからきたものであらうか。

 

 


その後飢えかかった老人を見たり、あるいは心おごれる

 

 

 

高名な芸術家に会ったりしている時など、私はふとどこか

 

 

 

遠くに、その少年の眼を感じることがある。シリヤ砂漠の一点を

 

 

 

起点とし、羚羊の生態をトレースし、ゆるやかに泉をまわり、

 

 

 

真っ直ぐに星にまで伸びたその少年の持つ運命の無双の美しさは、

 

 

 

言いかえれば、その運命の描いた純粋絵画的曲線の清冽さは、

 

 

 

そんな時いつも、なべて世の人間を一様に不幸に見せる

 

 

 

ふしぎな悲しみをひたすら放射しているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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