かわいひでとし日記


2011.04.22  鶴のマーク




鶴のマーク復活はうれしい。

日本らしくて良いマークだと思っていたのに、変えてしまって不満だったけれど、復活してくれて良かった。

美しいマークだと思います。



もうひとつ、すんごい不満なのが「財務省」。

大蔵省という古くからの伝統を感じさせる名称を誇りに思っていたのに、、、。

これもまた、もとにもどしてもらいたいなぁ、、、。

大蔵という言葉は聖徳太子の頃から有る言葉なんでしょう?

古い歴史の有る国としての誇りを忘れたくないです。大蔵省に戻しましょうよ。

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2011.04.08  地震、歌舞音曲、経済活動




 ここずっと東京で大きな地震が無いねぇ。そのうち来るぞ、と言っていた矢先に人生初の震度5強で、、、、。震度7っちゃ、どんなんや、一体、、、。

地震が起こるとすぐテレビつけます。

そのままずっとNHK見っぱなしで、仕事もせんと。

ちょっと昔までは、地震そのものより火災が怖いんだって話が良く有ったけれど、津波は恐ろしいですね。

20メートルの津波が来るなんて、、、、。

いつも津波注意報が出ると、予測50センチとかそんなん(そんなんでも津波は怖いです)やったけれど、15メートルとか20メートルとか、ほんとに驚きました。

自分の関心はもっぱら福島第一のほうで、すぐに健康に影響は無いつうてんやから騒ぐこたあないんで、放射能はいいですが、この原発をどうやって収めるかにもっぱら関心が有ってずっとニュースをチェックする毎日。

中がどうなってるのか解らないってんだから、ほんとにモグラたたき状態で、イライラする毎日だけれど、土木工事、現場、作業、という世界には昔から関心が有るほうなんで、毎日気にしています。

1000年に一度の大地震だったとかで、まさに国難。

皆さん知ってますか?こういう時、天皇が頼りになるんです、この国は。

早速天皇からビデオメッセージが出されましたね。

被災者の皆様へ募金などももちろんですけど、被災していない人間はとにかく経済活動を維持する事が大切ですね。

歌舞音曲は差し控える、なんて言っている場合でも無いと思います。

歌舞音曲でもお笑いでも何でも、経済活動ですから、どんどんやって復興のバックアップをしなければなりませんね。

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2011.04.08  りゅうくん





昨日から気になっていたので、急いで仕事から帰る。



帰りにリンゴジュースを買って家に着くと、りゅう君はすやすや眠っている様に見えました。



昨日から何も食べていないし、リンゴジュースを少し飲ませたけれど、



もう飲み込む事も出来ないみたいでした。



帰る前に行ってしまわない様に祈りながら帰って来て、



りゅう君が息をしていてくれたので、本当に良かった、、、。



 



リンゴジュースを口に含ませて、ずっと抱いていた。



18時45分、何度か口を開いてから眠るように旅立って行きました。



布団をかけて寝かせてやると、本当にスヤスヤ寝ている様です。



待っていてくれてありがとう。



 



りゅうの顔が安らかなので、思い出に写真を撮ろうかと考えましたが、



やっぱり、思い出というよりは、ちょっと悪趣味な気がして、



写真は撮りませんでした。



丁度、この上に有る写真の様に、横向いて、スヤスヤ寝ている様に見えました。



りゅうが赤ちゃんの時からずっと、一日としてりゅうが死ぬことを考えなかった日は有りませんでした。



知らない霊園に葬るのはいやだな、ベランダに大きめの植木鉢を置いて、



そこに葬って、植物を植えたほうが良いなあ、なんて、ずっと考えていました。



なので、ずっと前から覚悟だけは出来ていたんですけど、



やっぱり涙が出ましたね。



満8歳と4ヶ月の、おっとりした、のんびりした、生涯でした。



俺も後から行くから、りゅう、待ってろよ~。

りゅうのすけホームページ

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2005.11.13  昔の事を笑って話す



パッチギ(2005年 監督:井筒和幸)

昔の事を笑って話す。昔は俺たち、仲悪くて良く喧嘩したよな、と笑って話す。
そんな気持ちで見る事が出来た映画でした。実際に1960年代の京都を舞台にして、
昔はこうだったよな、と笑いながら見られるシーンも多く登場します。

日本人、在日に関わらず、「ツッパリ」してた奴らのリアルさは(実物を見た人間として)大ウケしてしまうのでした。アゴにマスクをひっかけた姉ちゃんとか、いた、ホントにいたんだ、ああいう姉ちゃん。ところで、なんでツッパリの姉ちゃんはマスクしてたんだろ、、、。

俺は「ツッパリ」ではなかったのだけれど、友達の「ツッパリ」から「チョンコー」と喧嘩した話なんかを良く聞いたものでした。映画の中では「チョーコー」と発音していたけれど、遠慮せずに「チョン」と発音しても良かったのではないかと思いました。だって、昔はそうだった、でも今は違うんだと笑って話せる話だとしたら、そういう悪口も言ったよな、と、そのまま言っても良いんじゃないかと思うからです。「チョッパリ」という単語も出て来たけれど、それも笑って話せる昔の話として、ほほえましく観ていました。

こういう事はみんな、出演者の熱演の爽やかさによるものだと思います。
感動する映画、演劇には皆、出演者の熱演というキーワードが有る様に思います。
ここ数年ハマった映画、TV、演劇を思い返してみると、全部出演者の熱演に心打たれている事に気が付きます。
大河ドラマ「新撰組!」 「タイガー&ドラゴン」 「誰も知らない」 「平成中村座ニューヨーク公演 夏祭浪花鑑」、「山口達也主演 坂本九物語」、、。

昔の事を笑って話すと言えば、オックス。オックスのコンサートでは、失神者続出で、歌ってる本人も失神するのが恒例になっていました。
そのオックスのコンサートシーンからこの映画は始まります。
のっけから大ウケしてしまって、昔の事を笑って話す気持ちになってしまうのです。

と、自分がそう思った事について、じゃあ実際に在日の人たちはどう感じて観たのだろうか、とも思うので、在日の人たちの感想を聞かせて欲しいとも思いました。

これが「政治」という単位になると、昔の事と笑っていてはちょっと違うという事になってしまうのだけれど、政治にはどうも期待できない気がしています。
人間一人ずつが笑って話せる気持ちになってしまわなければ、どうにもならないんじゃないかなぁと、思うのです。「靖国問題」を考えて夜も眠れず悩んでしまう事が多いのだけれど、こういう事は政治とか何とかじゃなくて、人間の気持ちが変わらないとどうにもならないんじゃないかなあと、思うのです。

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